「Replayします?」
俺の彼女の友達と、今度の土曜にデートしてみないかと、友人の支倉に言われた時、僕は絶対にからかわれているのだと信じて疑わなかった。
だって僕ときたら、中学の時から男子校育ちで、生まれてこの方彼女がいないのは当然、女の子と口をきくことすらろくにできやしない。それでも顔の良い奴なら「シャイで可愛い」とか何とか好意的に受け止めてもらえるのだろうけど(顔が良ければ大概のことは大目に見てもらえるものだ)、僕はひどい不細工でもないけどお世辞にもかっこ良いとは言えない。しかも趣味は自宅でゲーム。どっちかというと「終わってる」方だ。
だから、金曜日になって支倉が「高橋、お前、明日の約束、覚えてるよな」って言った時、本当だったのかと喜ぶ前に、焦る気持ちで一杯になってしまった。
「デートって、具体的にどうすればいいんだよ?」僕は不安になって彼に尋ねた。
彼は呆れたように肩をすくめて
「そりゃ、まずはどこか遊べるところに行って……初めてだったら映画なんかが無難じゃないのか。あとは、お前の腕次第だよ。ま、せいぜい上手くやれよ」
そう言って、僕の背中をぽんぽんと叩いて行ってしまった。
後には明日の待ち合わせ場所が書かれたメモと、プリクラの写真が一枚残された。
花で縁取られた枠の中に、小首を傾げて照れながら笑っている女の子が写っている。そんなに美人という訳ではないけど、茶色に染めたロングヘアがよく似合う可愛い子だった。
そりゃ、いくら僕だって流行りのデートスポットとか、女の子が好きそうな店くらい、知識としては一通り押さえている。僕が知りたいのはその「腕次第」の部分なのだ。
学校からの帰り道、僕はいつもの習慣で無意識に馴染みの中古ゲームソフト屋に立ち寄ると、あるゲームが目に留まった。
それは恋愛シュミレーションゲームの一種で、好きな女の子を選択して、デートを重ねていくのだが、デートの際に様々なアクシデントがあるらしい。それを乗り越えて見事彼女と恋人同士になれるとゲームがクリアできるというものだ。
「全く、ゲームでデートの予行演習するなんて、僕くらいなもんだよな」
馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、駄目もとでゲームを買って店を出た。
「初めまして、高橋君。で、今日はどこ行くの?」
土曜日。彼女はさっくりしたオフホワイトのセーターにスリムジーンズという格好でやって来た。そのシンプルな服装がスタイルの良さを際だたせ、かえって目を引いて、彼女は写真よりもずっと魅力的に見えた。
「……映画でも行こうか」
昨日のゲームと同じ科白しか言えない自分が悲しかった。
それでも、有楽町の繁華街を彼女と喋りながら歩いている内に、僕も段々とこのデートを素直に愉しめる気分になってきた。
映画館も近くなった時、突然彼女がケーキショップの前で立ち止まった。
「あ、ここ雑誌に載ってたお店だ。ねえ、映画見る前に一寸寄っていこうよ」
──あれ、このシチュエーション、どっかで見たような……。
既視感に似た感覚に軽い目眩を覚えつつ、記憶の糸を探る。
──そうだ、昨日のゲーム!
一言一句、同じ科白をゲームの中の彼女が喋っていたのだ。確か、ゲームでは店に寄ってしまうと、映画の時間がぎりぎりになり、立ち見をするしかなくて、彼女が疲れたと文句を言い出すバッドエンドのストーリーになっていた筈だ。
「時間がないんだ、まずは映画を見よう」
僕は何か引っかかるものを感じ、不満そうな彼女の手を半ば無理に引いて映画館へ向かった。
僕の読みは当たった。映画館は超満員で、たまたま運良く空いていた席に座れたものの、あと五分でも遅ければまず立ち見だったろう。
「あなたの言うとおりにして良かった」
さっきまではぶすっとしていた彼女も、映画の後、件の店でケーキをぱくつくと急に上機嫌になった。全く女は現金な生き物だ。
──変な偶然もあるもんだな。
しかし、偶然はこれだけで終わらなかった。その後も、昼食をどこで食べるとか、本屋に行くかCDを見るか、地下鉄に乗るか歩いていくか等々、あらゆる場面で彼女はゲームと同じ科白を言い、僕はゲーム通りの選択をした。そしてそれはことごとく吉と出た。
偶然にしては出来過ぎている。しかし、お陰でこのデートは今のところとても上手くいっている。僕はあのゲームと巡り会えたことを神に感謝した。
午後五時、西の空がオレンジに染まり、日比谷公会堂がシルエットに見える頃、歩き疲れた僕達は日比谷公園のベンチに座り、とりとめのない話をしていた。
ふと、彼女が話すのを止め、目を閉じて僕の肩に頭を凭せ掛けてきた。
夕陽に照り映えた彼女の顔にはくっきりと濃い影が出来て、ずっと彫りの深い、端正な顔立ちに見せていた。
睫毛が頬の上に長い影を作っている。その先が少し震えていて、彼女が眠ってしまった訳ではないことが分かった。
とろりとした密度の濃い空気が漂っていた。
鈍い僕でも、流石にピンときた。
──キスしても良いのかな?
腕を回して、顔を近づけようとした時、あのゲームのことが頭をよぎった。確かゲームではここでキスするとひっぱたかれるのだ。僕の頭の中で、彼女の怒った顔や、呆れたような泣き顔がぐるぐると巡った。しかし一方で、絶対これは待っているのだという根拠のない確信が僅かにあった。
──ええい、成るように成れ!
僕は目を閉じ、本能に従って、彼女の唇に自分のそれをそっと重ねた。
目を開けると、そこには恥ずかしそうに微笑んでいる彼女の顔があった。
結果オーライ。
ここまでくれば、後は勝ったも同然。僕は彼女を家まで送り、次のデートの約束をした。
「今日は楽しかった。またね、高橋君」
にっこり笑って彼女が手を振る。
「こっちこそ楽しかったよ、詩織ちゃん」
途端に彼女の顔が曇った。
僕はひっぱたかれた頬を押さえて呆然としながらも、自分の馬鹿さ加減を呪わずにはいられなかった。
間違えてゲームの中の女の子の名前を呼んでしまうなんて。
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