■ チケット ■

 僕はとにかくチケット運が悪い。
 コンサートチケットの席が最悪なんていうのは日常。映画だって、一時間前から並んでいい席を取ったところで決まって目の前にプロレスラーみたいな男が座ってスクリーン全面を遮ったり、クライマックスで隣の奴の携帯の着メロが鳴り響いたりで、満足に見終えたことなんてありゃしない。スポーツ観戦にしたって、絶対がらがらだろうと思って近鉄×日ハムの消化試合を見に行けば、ホームランボールが頭に直撃して全治三週間の怪我を負う始末。
 電車だってうかつに乗れない。ちょっと遠出でもしようかと切符を買えば、隣の席で赤ん坊は泣き出すわ、なぜか昼間っから酔っぱらいが乗っていて僕に絡みだすわ、果ては痴漢と間違えられて駅の事務室に連れて行かれ、延々二時間言い訳して、やっと放してもらうわで、散々な目に遭ってばかり。一番やばかったのは、去年友達と新幹線でスキーに行った時だ。車で行こうとさんざんごねたけど、多数決に押し切られ、渋々乗った途端に脱線事故。僕は全治6ヶ月の重傷を負ったうえ、最初の一週間は生死の淵をさまよった。

 要するに僕はチケットを買って何かしようとすると、ろくでもない目にあう星の下に生まれたんだ。だから僕は映画はもっぱらビデオで見るし、スポーツもテレビ観戦一本と決めている。旅行は絶対車で行くし、仮に電車に乗らなきゃならないときは、定期で改札を抜けて、目的地で乗り越した分を精算してる。ちなみに飛行機には乗ったことがない。そりゃそうだろ?とてもじゃないけど怖くて乗れないよ。
 でも僕は自分が可哀想だなんて思ったことはない。ひとよりちょっと不便だけど、僕は僕の人生がいとおしいし、この境遇とも前向きにつきあっていこうと思っていたんだ――あの話を聞くまでは。

 それを教えてくれたのは、友人の雨男。もちろん渾名だけど、誰もがそう呼ぶ。だってあいつの雨男ぶりといったら、小学校の時に教師一同から遠足を辞退してくれと懇願されたって逸話があるくらいだ。
 その雨男が久し振りに僕を訪ねてきた。
「俺はもう雨男じゃないんだ。」
開口一番そう言って、奴は嬉しそうに僕の肩を叩いた。
「どういうことだよ?」怪訝そうに僕は尋ねた。
「原因は全て体質にあったんだ。体質がそういう因果律を呼ぶんだぜ。だから俺は体質改善の治療をしたのさ。 そしたら効果てきめん、その後三泊四日で温泉旅行に行ったら、全日程で快晴だったんだ。この俺がだぞ?今までイベントの時には俺はいつも嫌な顔されていた。 唯一重宝がられたのは、持久走大会の時だけだったっけ……。これで胸を張ってみんなと旅行にも行ける、社員旅行が終日土砂降りで、毎年同僚から白い目で見られることもないんだ。」
 雨男、いや、もと雨男は一人で興奮して喋り続けた。 
「だから、一体何があったっていうんだよ。体質改善ってお前、医者にでも行ったのか?」 もと雨男ははっと我に返って僕を見た。
「そうそう、俺と同じ悩みを持つお前にも教えてやろうと思って来たんだっけ。実はな、大なり小なり俺達みたいな悩みを抱えている奴ってのは結構多くて、 そんな奴らの口コミで、今ある団体による治療が流行ってるんだ。その団体のトップに言わせると、俺達みたいなのは、皆ある一定の条件下で不運を呼び込んでしまう体質の持ち主なんだそうだ。だから、 その体質を治療でちょっと変えてやれば俺みたいに雨男じゃなくなるし、お前みたいにチケットで不幸になることもないんだそうだ。」
 なんだかずいぶん怪しげな話だ。こいつ、とうとう変な宗教にでも取り込まれたんじゃないだろうか。そんな僕の疑わしげな表情を察したのか、彼は慌てて付け加えた。
「お前が信じられないのも無理はない。俺だって、日本一のさげまん女から「この人と一年つき合ってるけど、借金もできないし、事故にも遭わないの。」 って嬉しそうに彼氏を紹介されるまでそんな話信じなかったさ。その女はそれまでつきあってた男は例外なく半年以内に自己破産するか行方不明になってたんだぞ。」
 雨男にさげまん女。不幸の種類は実に多彩だ。それはさておき、僕も彼の話を聞いて少なからず心が動いていた。僕だって、 広いスクリーンで心おきなく映画を見たい、青空の下で生の試合を見たい。些細なことかもしれないけど、誰もが当たり前に手に入れられることが、世界中で僕一人だけ手に入らないなんて辛すぎる……。
「治療って何をするんだ?」僕は訊いた。
「別に、ただ一回注射を打つだけ、それで終わりさ。何の薬かは知らないけど。」
「注射って……それって違法行為なんじゃないの?」
 よくはわからないが、怪しげな薬を不特定多数に打ってるのだから、公になったら捕まる気がする。
「うん。だから口コミなんだよ。宣伝もしてないし、場所もすごくわかりにくいところにある。必ず一人で行かないと入れてくれないし、この団体のことを教えてくれた相手の名前を告げなきゃならない。注射だって全員が上手くいく訳じゃないらしい。何でも、注射自体が体質に合わないと、その不幸体質が二倍になるって話だ。まあ、滅多にいないらしいけどな。」
 不幸が二倍。もし体質が合わなければ、次に電車に乗った時僕は死ぬかもしれない。しかしそれが何だろう?上手くいけば僕も人並みの喜びを得られるんだ。それに、滅多にないことみたいだし。僕だってチケットさえ絡まなければむしろ運はいい方だ。
「教えてくれ、その場所はどこにあるんだ?」僕は勢い込んで尋ねた。
「いや、場所は日によって違うんだ。俺が教えられるのは、中継地点までだ。そこで代金を先に払って予約をいれると、初めて場所がわかる。」
 金額を訊くと、結構な額だった。しかし僕の腹はもう決まっている。
「ありがとう、早速行ってみるよ。次に君に会うときはもう前の僕じゃないね。」
 晴れやかに僕が言うと、彼は初めて辛そうな顔をして言いにくそうに付け加えた。
「言い忘れてたけど、その団体、すごく用心深いだろう?だから……本人かどうか確認するために、予約を入れた時に引き替えにチケットをもらって、それを見せないと治療が受けられないんだよ。」




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